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たどり着いた宇宙ホテルで起こる殺人。
しかも無重力の空間で首を吊った状態で。
『星くずの殺人』は、宇宙というクローズドな状況で起こるミステリーです。
地上から320キロ。
警察も救急も来ない。外に出れば死ぬ。
帰る手段がないわけではない——けれど、この中に犯人がいる。
——これ以上の「閉じた場所」を、私は読んだことがありません。
先日ご紹介した『アイネクライネナハトムジーク』は、人が亡くならない小説でした。
今回はその正反対です。ハラハラして2日で読み終えてしまいました。

この記事は前半を【ネタバレなし】で書いています。
犯人やトリックに触れるのは、後半の【ネタバレあり】から。
そこまでは、これから読む方も安心して読み進めてください。
『星くずの殺人』はどんな小説?
『星くずの殺人』は、桃野雑派(ももの ざっぱ)さんのミステリー小説です。
2023年2月に講談社から単行本が出て、2025年2月に講談社文庫に入りました。
著者は2021年、『老虎残夢』で第67回江戸川乱歩賞を受賞してデビューした作家です。
本作はその受賞第一作にあたります。
舞台は民間企業が運営する宇宙ホテル「星くず」。
3,000万円のモニターツアーに当選した人たちが宇宙へと出発します。
ところが到着してすぐ、無重力の空間で首吊り死体が見つかる。
通信は途絶え、ホテルの従業員は逃げ出し、やがて第2の事件が起きます。
ミステリーには「クローズドサークル」と呼ばれる型があります。
吹雪の山荘や孤島のように、外と行き来できない場所で事件が起きる形式のことです。
その舞台を宇宙まで持っていったのが、この小説です。
通報しても誰も来ません。
鑑識も、応援も、逃げ込む交番もない。
そのうえ無重力という日常とは違う条件が加わります。
『星くずの殺人』のあらすじ【ネタバレなし】
民間企業による宇宙旅行のモニターツアー。
3,000万円という価格にもかかわらず、殺到した応募者の中から参加者が選ばれ、6人のツアー客が宇宙ホテル「星くず」へ向かいます。
ところが、到着した直後に事件が起きます。
無重力の空間で首を吊った死体が見つかったのです。
添乗員の土師穂稀は、会社の指示を受けてツアーの続行を決めます。
しかし『星くず』の通信設備は失われます。
プレオープンで人手が足りず、負担に耐えかねた従業員は地球へ帰ってしまう。
やがて、第2の事件が起きる——。
帰る手段がないわけではありません。
それでも犯人がこの中にいるかもしれない状況で今後のアクションを決めなければならない。
誰かが犯人だと分かっていたとしても、その誰かと同じ空間で過ごすしかない。
そういう状況で、物語は進んでいきます。
登場人物
<主人公>
- 土師穂稀(はせ・ほまれ)
ツアーの添乗員。事件が起きたあと、会社の指示を受けてツアーを続けるかどうかを判断する立場に置かれます。
もともと研究職だった人で、謎を前にすると探究心が勝ってしまう。
そのせいで、周りが見えなくなることもあります。
人が人を傷つけ続けてきた歴史に絶望していて、それでも「その答えは宇宙にある」と信じている——そういう人物です。
<ツアー客>
- 真田周(さなだ あまね)18歳、高校生
- 政木敬吾(まさき けいご)32歳、元不動産業者
- 宮原英梨(みやはら えり) 39歳、飲食店社員
- 澤田直樹(さわだ なおき) 42歳、清掃業者
- 山口肇(やまぐち はじめ) 44歳、フリーコンサルタント
- 嶋津紺(しまづ こん) 57歳、介護職
<主催側>
- 伊藤(いとう)、パイロット
- 菅山(すがやま)、宇宙ホテル「星くず」の支配人
18歳から57歳まで、年齢も職業もばらばらの6人。
ランダムに選ばれた人たちが、助けの来ない空間に閉じ込められます。
宇宙は究極のクローズドサークル
読み終えていちばんに思ったのは、設定の勝利だということです。
ミステリーのクローズドサークルには、昔から定番の舞台があります。
吹雪の山荘、嵐の孤島、雪で止まった列車。
どれも「外に出られない」状況を作るための装置です。
宇宙ホテルは、その究極形でした。
外に出れば死ぬ。助けは呼べない。
「その場所でしか成立しない謎」がちゃんと用意されているのです。
しかもこの本の宇宙は「そういう設定です」で済ませていません。
低重力の描写は事件の場面だけではありません。
ツアー客がラーメンを啜ると、麺もスープもすごい勢いで飛んでくる。
力まずに食べてください——
支配人の菅山が、そう説明する。
そんな場面も出てきます。
そして終盤。
犯人に迫っていくところで、ページをめくる手が止まらなくなりました。
私はふだん、寝る前に少しずつ読むタイプです。
この本は違いました。犯人が気になりすぎて、夜更かしをしてしまった。
結果、2日で読み終えていました。
前に紹介した『アイネクライネナハトムジーク』は、2週間かけて少しずつ読んだ本です。
同じ月に読んだ2冊なのに読み方がまるで違いました。
どんな人におすすめ?
<おすすめできる方>
- クローズドサークルものが好きな方
- 特殊な設定のミステリーを読んでみたい方
- SFは苦手でも、謎解きなら読める方
- 一気に読み切る本を探している方
<合わないかもしれない方>
- 人が亡くなる話が苦手な方
- 静かな物語で、ゆっくり癒されたい方
人が亡くならない、穏やかな小説を探している方には、『アイネクライネナハトムジーク』のほうが合うと思います。

Kindle Unlimitedで読みました
この本も、Kindle Unlimitedで読みました。
どんな本があるのだろうと一覧を眺めていて、見つけた一冊です。
知らない作家の知らない一冊。
書店で見かけても買ってまで読んだかはわかりません。
読み放題の棚は値段を気にせず開ける。
気軽に読み始めた結果、しっかり夜更かしをしてしまいました。
※読み放題の対象は入れ替わることがあります。いま対象かどうかは確認してみてください。
【ネタバレあり】ここから先は、読み終えた方へ
無重力のトリックは「難しいけれど、ずるくない」
正直に言うと、仕掛けが分かったときは少し難しく感じました。
無重力という条件そのものが、日常の感覚から遠いからです。
ただ読み返してみると、必要な情報は出ていました。
ミステリーを読んでいて残念なのは、読者には分かりようのない事実で解決されてしまうときです。
この本はそうではありませんでした。
「難しいけれど、ずるくはない」——それが私の結論です。
宇宙という舞台は、飛び道具になりかねません。
何でもありにできてしまうからです。
それをせずに、きちんとルールの中で勝負している。
そこは信頼できる一冊でした。
動機をどう受け取るか
犯人の動機は、ごく個人的なものではありませんでした。
人類はいつまでも傷つけ合うことをやめない。
ならばいっそのこと、すべてを更地にして一からやり直したほうがいい——
そういう考えが根にあります。
正直、理不尽だと思いました。
それで命を奪われる人は、たまったものではありません。
ただ一概に否定することもできませんでした。
この物語に出てくる人たちは、誰かを傷つけてやろうという明確な意思は持っていません。
それでも自分が何を買うか、どんな政治を選ぶか——
意識していないところで、争いごとに加担してしまうことはあります。
このことは物語の中の登場人物だけではなく、たぶん現実世界の全員がそうです。
そして、それをどうにかできるかというと、大抵はできない。
自分の手の届く範囲の、外側の話だからです。
だから私は、犯人の言い分を「間違っている」と切り捨てたあとで、その足元が少しぐらつくのを感じました。
答えを出せないまま、本を閉じたというのが正直なところです。
「地球ってのは、本当は平面なんだ。」
物語の3分の1ほど進んだあたり。
何のために宇宙まで来たのか——
そんな話をしている場面で、政木はこう言います。
「地球ってのは、本当は平面なんだ。」
――桃野雑派『星くずの殺人』(講談社文庫)
比喩ではありません。
この人は本気でそう信じています。
状況はこれ以上ないほどシリアスなのに、ここだけ空気が抜けたように可笑しいのです。
そして終盤。
その政木の口から、こんな一言が出ます。
「……地球、丸いわ」
――桃野雑派『星くずの殺人』(講談社文庫)
宇宙まで行って、自分の目で見て、そこでようやく。
笑ってしまうのに、宇宙の大きさと静けさを感じられる少しだけいい場面でもありました。
まとめ
- 桃野雑派による、江戸川乱歩賞受賞第一作のミステリー
- 舞台は宇宙ホテル。外に出れば死ぬ、究極のクローズドサークル
- 無重力ならではの謎。難しいけれど、ずるくはない
- 犯人が気になって2日で読み終えた
- 人が亡くなる話が苦手な方には向かない
宇宙空間で繰り広げられる謎解きミステリー。
現実とは少し離れた空間で起こる事件を、ぜひ秋の夜長に読んでみてください。
